古地図に惹かれて~変わり続ける街

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漁業の街ならでは、漁船の旗

「へぇぇぇぇ!ここ、知ってる!前は喫茶店があったんだよ。」 「えっ?そうなんですか?!小僧寿しじゃなくて?!」 「もっと前。結構にぎわってたんだよ~。懐かしいなぁ。」

こんなやり取りが交わされたのは、4回目のLOVEあばしり語り合い会。 網走の「隠れた観光おススメスポットを語り合おう!」という場へ みなさんのおススメの一枚をお持ちいただき、 それをネタに盛り上がっていた時のこと。

ある方が持ってきた、古地図がきっかけでした。

30年前・60年前・90年前の古地図を中心に、 20代~60代の生きてきた時代のさまざまな方が お互いの記憶を照らし合わせながら、愛しい風景へと思いを馳せていました。

網走はもともと漁業で栄えた町であり、 1976年(昭和51年)のスケトウダラやホッケ・サンマなどの総漁獲量は168,355トン。 私の祖父も猟師でしたが、全盛期には漁港付近は活気に溢れ、 人々の生活の中心である商店街や、 猟師たちが飲み歩く夜の街は 大いに賑わいを見せていました。

私が高校生だった20年前は、 海から近い商店街にまだにぎわいがありましたが 2008年(平成20年)の漁獲高はは56,772トンと 漁獲高の減少と共に、人口も減少傾向にあり 車中心の生活へと移行する中で近隣都市へと買い物の足が向き。

中心地にあったRALSデパートがなくなってからは 大きなスーパーが坂の上にある地域に集中し 漁港にかつてのようなにぎわいが見られなくなってきたのも、事実でした。

そういった中で、古地図は 変わりゆく地元へのノスタルジーを呼び起こしてくれるものでした。

地元では、古地図を手に街を散策する「ぶらぶら網走」も開催され 出会った商店街の方から当時のお話を聞くのも趣深く……。

網走出身で関東に出て活躍している大先輩の会「東京網走会」は 古地図を肴に、味わい深い語り合いの時間となりました。

自分たちの知っている街が姿を変え、人口が減っていく様を 寂しく感じたり、ネガティブに捉える事もあるでしょう。

けれども、変わり続けるのは 自然の常。 これからも網走は、時代と共に変わり続けていくでしょう。

そしてその変化には、私たちの在り方も反映されていくのです。

どんな網走で在って欲しいか。 そのために、自分たちはどう在りたいか。

物に限らず、次世代に受け継いでいきたいお店・風景・人との関係性など、 お互いを生かし合う経済の仕組みを見つめ直すこと。 無関心ではなく、意識的に変化を見つめていきたい---。

古地図に惹かれ、地元の未来へ思いを馳せる私なのでした。

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松原美里
エクレス子どもの家保育園 施設長
LOVEあばしり 代表/UmehanaRelations 代表

北海道網走生まれ、父の転勤で道内(留萌・釧路・北見)・道外(青森・山梨)を回り、中高を網走で過ごして横浜・東京へ。
保育士・児童養護施設職員を経て「子どものためには、大人が輝く背中を見せること」とUmehanaRelationsを立ち上げ、
子育て支援事業(執筆・監修・講演)と保育士コミュニケーション講座を主催。
現在は横浜の保育園施設長の傍ら、地元網走の市民活動を楽しんでいる。
趣味は歴史・鉄道・写真・着物。

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年季の入った錨(いかり・海に沈めるもの)
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網走 64年前の古地図