ダンサーの農村革命

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徳島県阿波市。農道をそのまま舗装した感じの一車線の道路がウネウネと不規則に市内を走る。市外の人間は対向車とのすれ違いにストレスを感じるし、ドライブしたくない道ランキングがあれば、間違いなく上位かも。そんな田舎に、ダンサーがはじめた農家があると聞いて、訪ねてみた。

ツクヨミファーム。創業8年の若手社長が率いる野菜の直販ビジネスで伸びてる会社だ。この芝橋社長こそ、元ダンサーなんである。まあ、農業をやっているのにはイロイロ事情があるワケなんだけど、親父さんの急逝で、バトンが回ってきて、故郷に帰って来た感じかな。元々親父さんは工務店を経営しながら、農業分野の事業もやってたんだよね。家業でレタスやキャベツ等の葉物を大規模に栽培していたから、ダンサーって言っても、農業のズブの素人ってワケじゃない。でも彼は、どうせやるならと、作り慣れた葉物の大量栽培じゃなく、全く未経験の無農薬で、トマトや茄子等の果菜類の小規模多品種栽培に挑戦しようと考えたわけだ。

親父さんの急逝で、土地や建物等の財産は処分されているんだけど、故郷には祖母が一人取り残された関係で、故郷で暮らしながら、暮らしの糧を得なければならない状況に置かれたのがダンサー1年目の状況。地域の産業としては農業しかないので、とりあえず無一文で農業を始めたのがスゴい。他の農家さんの農作業を手伝い、その労働力の対価として、農地を賃借したってのがミソね。まあここまでは、その情熱に乾杯って感じなんだけど、肝心の売上げは初年度30万円・・・300万円じゃなくて、30万円ね。まあ、激しく失敗したワケ。そりぁそうだ、最も難しいと言われている無農薬栽培にチャレンジし、販売方法もJAや青果市場への卸が主。販売価格は安いし、収穫量は少ないし、そりゃ売上げ上がるワケないよね。飢え死一直線ってのが1年目の結論。

空腹が脳を刺激したのか、二つの気づきを得るワケ。

一つ目は生産分野のことで、無農薬栽培にこだわると、結果を得るのに10年は必要なんじゃないかってことと、2つ目はJAや青果市場への卸主体だと消費者の顔が見えず、何を工夫して栽培すればいいのかが全く分からないということだ。ちなみにダンサーは行政の支援を一切受けておらず、その二つの気づきを解決する為に、自分でイノベーションを起こすしか生き残れなかったんだよね。

栽培方法のイノベーションとしては、一反(10アール)を15区画に分割し、土壌成分の異なる15種類の畑で試験栽培をやろうと決めたことかな。全ての区画それぞれで同じ10種類の果菜類を一セットとして栽培し、無農薬栽培における最適な土壌成分を1年で見つけだそうしたわけ。土壌と植物の組み合わせで150種類試したワケね。で、発見しちゃったワケですよ、無農薬にピッタリの土壌成分を。

販売方法のイノベーションとしては、食うために農業の副業でやっていたダンス教室を無料で開催することで、その生徒さんのお母さん達をターゲットにするBtoCビジネスに目覚めるのよ。消費者の声をダイレクトに聞くことによって、価格設定を含めて、どこを工夫したらいいかが理解できるようになり、企業で一般的に行われているPDCAサイクルを実現したのね。あとはネット通販等で順調に取引先を増やし、脱JAを実現しちゃったワケよ。

ダンサー農業でユニークなのが、イタズラにスペックを追わないことが商品の特徴でユーザの支持を得ている。トマトなんかで行われている糖度競争には興味ないみたい。水分含有量を減らして、糖度をあげるスペック主義では美味しさは伝わらないというのがポリシーなんだよね。野菜の美味しさはみずみずしさが一丁目一番地で、糖度をあげるために水を極限まで与えないなんて、燃費競争している軽自動車と一緒じゃねーかというのが持論。糖度だけが野菜の美味しさじゃないって言われればその通りなんだけど、自分も含めて、都会の人はその当たり前のことを忘れているよね。

彼の農業スタイルは、日本全国通用するモンじゃないけど、少なくとも地中海性気候のエリアでは勝算あるんじゃないかな。ダンサー社長の将来の夢は、農業版ローマ帝国を、瀬戸内海沿岸に建国することなんだって。まあ、建国の支援をしたい人は、まずはツクヨミファームで野菜を買ってあげてチョ。

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平山雅一

株式会社BFT 代表取締役